9月30日日文研の「秋のセミナー」が始まりました。講師はT元慶応大学教授です。慶応大学教授時代に文献学的手法で西行の作品を研究され大著「山家集の校本と研究/笠間書院」 を上梓され、以降は「西欧における日本文化の現状」 をテーマに研鑽を積んでおられます。
今回はその一環として「ドイツにおける日本文化」を講義されました。幕末のケンぺル(回国奇観)やシーボルト(オランダ東インド会社の医師として来日した博物学者日本紹介の著書はドイツ語で執筆され、コレクションはバイエルン国王が購入しミュンヘンの博物館に展示されている)に始まりブルーノタウト(建築家で桂離宮を欧米に紹介した事で有名)から、現代のマンガアニメから映画食文化や文楽や盆栽や茶や禅、俳句と幅広く日本文化がドイツで愛好されている現状を説明されました。T教授はセーラームーンやドラゴンボールが好まれ、源氏物語が看過されている状況が口惜しい風でしたが、活発な意見が交換されました。
私は、常々産業革命を終えた西洋文明は「文明の行き詰まり」を予感していたので、「ジャポニズムが人気になり、イザベラ バードの「日本奥地紀行」が英国でベストセラーになり、日本人の礼儀正しさや美しい国土清潔好きな生活スタイルを激讃したと思っていましたから。「日本文化が幕末にドイツに伝播したのはドイツ文化が産業革命後の行き詰まりの一側面ではないのか?」思っていましたので、そんな意見や質問を準備していました。
19世紀末盛んになったジャポニズムは産業革命に成功した西洋文化がその行き詰まりを予感して日本文化に関心を高めた成果と思います。写真は10/21日から上野の西洋美術館の案内です。 ところが大学院のS女史が熱い口調で質問しました。
「何故私はドイツ文化が好きなのでしょうか?」
大半のメンバーは「それは貴女の勝手でしょう!」そんな口吻でしたが、S女史が大学院の卒論に「ドイツ文化と日本」を取り上げる予定だと聞くと応援や激励のの意見が寄せられました。
一般に日本人とドイツ人は性格や趣向が日本人に似ていると云われます。ドイツの徒弟制度(マイスター制度)は「日本の匠の親方制度」に似ていますし、匠の技を駆使した自動車やカメラは日本製とドイツ製は高い信頼を勝ち得ています。でも、ドイツはナチスを経験しました。
国民性が似ているという事は或る条件が揃えば日本もナチスドイツのように狂気になるという事でしょう。神風特攻隊や回天(かいてん/人間魚雷)はナチス以上に狂気でした、狂気と云えば今日はイスラム原理主義者の自爆テロですが、その原型は日本海軍が先の大戦で実施していたのです。我国は米国の先棒を担いで、自爆テロを非難していますが、70年前は集団で自爆テロを遂行していたのです。
2015年戦後70年に際し慶応大学では学徒動員に反対できなかった悔悟の念を記憶誌を発行して学徒を弔う共に図書館前に回天を展示しました。残念ながら日本もドイツも狂気に走り易い特質が共通しているようです。 S女史の質問の重さに沈黙してしまいましたが、私は以降ズットその回答を自問自答していました。
ところが10月のノーベル賞週間に入って「カズオ・イシグロ氏」がノーベル文学賞を受賞したニュースに接して改めてS女史の質問に真面目に答えようとトライしました。
此れは英国人「カズオ・イシグロ氏」がノーベル賞を受賞した事を報じる読売新聞、日本中の書店が「村上春樹氏」の受賞を予測して準備していた事を詫びるように村上氏への配慮が記事になっていました。イシグロ氏は日本生まれ両親は日本人であるのに、日本文化と見做されないの何故だろうか?考えた時「日本民族」「日本文化」「日本国」の違いを考えさせられました。
早カズオ・イシグロ氏の著書を買いに東戸塚の有隣堂に出かけたのでしたが、平積には村上春樹著を撤去して、昨今の話題作が並べられ、「注文は承ります」言われました。
S女史の質問は「ドイツ文化」と「日本文化」と云った視点だったのですが、私達はドイツ民族」「日本民族」と受け取ってしまいました。「国家」「文化」「民族」の問題に混線していたのです。
私達は世界に類を見ない稀少な民族国家で「日本語に代表される日本文化」と「日本国土」と「日本民族」が重複しているのです。
広辞苑で「民族/エスノス」を曳けば「一定の文化的特徴を基準として他と区別される共同体」と出て来ます。「国土、血縁関係、言語の」等を共有するまとまり、としています。日本民族のアイデンテティー」と云えば「日本民族が日本民族である所以のもの」という意味で、私もT教授も「話し言葉の日本語と書き言葉の平仮名」と答えるでしょう。カンボジア人は「アンコール・ワット」がアイデンティー」ですから国旗に移籍の絵が描かれr手ています。
一方国民/ネーション」は近世に出来た新しい概念で、国家という法人の構成員の事です。日本人にとって日本国民という概念は明治維新に際して意識されたもので日本国の構成員の意味です。カズオ・イシグロ氏の両親は日本人ですから、同氏が日本国籍を取れば今次の栄誉は日本人の栄誉でしたが、同氏が英国籍を選んで居たのでした。
結果、先日のような発表になったし、安倍首相は祝意を表しなかったのです。一番概念があやふやなのが「文化」です。「日本文化」とか「ドイツ文化」と云います。「文化」とは文化人類学では「人間が社会の成員として獲得する振る舞いの複合された総体」のことです。日本文化と云えば日本国の成員として馴染んでいる固有の文化という事になります。
カズオ・イシグロ氏で説明すれば同氏は主として英国の文化を身につけていると自覚されているので英国籍を選んだのでしょう。同氏の文学は『日本文化の脈絡で考えるより英国文学の流れの中にあって英国人としてかんがえる』と自覚されているのでしょう。
そして読者も日本人による英国の文学と受け止めているのでしょう。一方、村上春樹氏の文学は日本文学なのか「西洋文学」なのか解り難いものがあります。村上文学は世界中で評価されているようですが、レトリックが多用され日本人には馴染み難く、西洋人には馴染み易いのです。
多分大江健三郎氏や川端康成氏走らない人が多く、村上氏の方が評価されていても、村上文学は国籍不明の文学のように受け止められているのではないでしょうか?だから、毎年最有力候補に挙げられながらスェーデン王室では敬遠されているのでしょう。「日本人による西洋文学」と思われているとしか考えられません。私は早速有隣堂にカズオ・イシグロ氏の著作を求めに行ったのでしたが、平積みされているのは映画やテレビの原作となった話題作ばかりでした。
S女史は「ドイツ文化が大好きで関心は止む事が無い、一方日本人であることを自覚している」ようです。これから21世紀を通して幾つもの文化を身に付けて行く事は素晴らしいと思います。
グローバルな人材とは複数の文化を身に付けている人物の事でしょう。
「ドイツ文化」を研究するほどに「日本文化」への理解が進み、強いては世界中の文化に理解が進むでしょう。今は兎角「イスラムの文化」は敬遠されがちです。「自由平等博愛を標榜するのフランス文化は世界中で敬愛されています。「クラッシック音楽やビアホールや組織的なサッカーはドイツ文化の特長で、品質の高さの根拠になっています。日本文化は複数の文化を吸収出来る文化として期待も大であるようです。S女史がドイツ文化を研鑽して日独二つの文化を止揚して大きな視点を開いて欲しいモノです。さすれば、彼女の人生が数倍楽しいモノになる事でしょう。
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